歴史に残る世界のダイヤモンド③

サンシー・ダイヤモンド


淡いイエローのダイヤで、ファセット(面)が対称に研磨された最初のダイヤモンドです。

 

1605年、このダイヤを所有していたサンシーは、イギリスのジェームズ1世によって買われ、その後フランスのルイ14世に売られました。

1792年の王室財宝庫からの宝飾品の盗難で他の宝石と供に盗まれましたが、1828年フランスに返却されました。その後も色々な人手に渡り、 1906年ウィリアム・W・アスターが購入しました。

 

しかしインド・パチアラのマハラジャがこのダイヤを持っていると主張。2つのダイヤは似ていますが、アスター氏の方が、サンシー・ダイヤモンドの記述(55ct 全面ファセットのぺアー・シェープ)に一致しています。

 

現在はルーブル美術館に展示されています。

フローレンティン・ダイヤモンド


インド産の137.27ctのレモン・イエローダイヤモンドです。

ダイヤの研磨法を発見した研磨師ベルケムがブルゴーニュ公シャルルのために研磨しました。

変則126ファセットがダブルローズカットを形作っており、多くの異名があります。

 

1477年、ブルゴーニュ公がナンシーでの戦いで命を落とした時、他の宝石と一緒に身につけていたのをあるスイス人が偶然に見つけ、ガラスだと思い安価で売りました。

 

その後様々な人の手に渡りました。1665年フランスの宝石商タベルニエがフローレンスのメディチ家を訪ねた時、トスカナ大公が彼に黄色のきれいなダイヤモンドを見せたと記述しています。

1737年オーストリアの女王マリア・テレジアのロレーヌ公国のフランツ・トスカナ大公との結婚の際に、ハプスブルグ家の王冠に王室の宝石としてセットされました。

 

後にこのダイヤはペンダント・ブローチにセットされ50,000ドルと評価されました。

1918年王権の崩壊の際、皇帝カールI世はスイスへ亡命する時にその石を一緒に持っていったといわれています。

 

その後のこのダイヤの行方は全く知られていません。

フローレンティン・ダイヤモンド

スター・オブ・ザ・サウス・ダイヤモンド


1853年7月ブラジルのバガジェム鉱山で奴隷によって発見された原石が261.88ctのダイヤモンドです。

ブラジルで発見されたダイヤの中で一番大きいものとなります。

 

アムステルダムで、2ヶ月以上かけて、128.80ctのクッション・ブリリアントに研磨されました。

無色のダイヤで内部にローズ色の閃光があります。

1862年のロンドンの展示会でこのダイヤモンドは展示され、インドの国王に4万フランで売却されました。

 

現在はボンベイの個人所有となっています。