ダイヤモンドカットの歴史


【古代インド】

紀元前からダイヤモンドが採取された古代インドでは、硬さと独特な輝きから神秘的な力を授ける宝石と信じられていました。古代インド人たちは高度な研磨技術を身につけており、ダイヤモンドに平らな研磨面を施すこともしていますが、丸く磨いたカボション・カットのように面をつけない、半円レンズを好んでいたそうです。

【14世紀〜】

14世紀末、パリではダイヤモンドの研磨職人たちが、ダイヤモンドの輝きを引出すためにさまざまカットをしていました。15世紀半ば頃には、テーブル・カットやローゼンツ・カットが登場します。16世紀に入るとローズ・カットが誕生しました。

【17世紀】

南アフリカやインドからも輸入されたダイヤモンドへの関心は高くなりました。さらに、ルイ14世とフランス宮廷の時代になると社交の場でダイヤモンドを身につける機会も増え、それまで原石の形に合わせて研磨されていましたが、次第に研磨面が多い複雑なカットへと変化していくのです。

 

面の多いローズ・カットが主流になります。平らな底面と中央に向かって高さをつけながら24の三角形の面が組み合わされて研磨されているローズ・カットは、その形がバラのつぼみに似ていることが由来しています。さらに、研磨職人たちによってダイヤモンドをより輝かすことが考えられ、試行錯誤の結果、最初のブリリアント・カットと言われるマザラン・カットが登場します。研磨面が少ないとてもシンプルな形ですが、ここからブリリアント・カットの改良が重ねられていきました。

【17世紀末】

ベネチアの研磨職人であるペルッツィによって最初の58の研磨面を持つ、オールド・マイン・カットが開発されます。現在のブリリアント・カットの原型とも言われますが、この時はまだ正方形に近い外形を持っていました。

 

その後、オールド・マイン・カットから発展し外形が円の形をしたオールド・ヨーロピアン・カットが登場します。研磨面は58と変わりはありませんが、研磨面の形が大きく変わりました。現在のラウンド・ブリリアント・カットに非常に近い形です。

 

外形が円に変わったことで、ダイヤモンドの輝きの美しさを決定づける3つの要素、『ブライトネス』『ディスパージョン』『シンチレーション』を引き出すことに成功したのでした。

20世紀~現在

ラウンドブリリアントカット

19世紀末、電灯の発明とともにダイヤモンドのカットが再び開発されていきます。初期のブリリアント・カットはパビリオン側が更に浅くなり、より適正なプロポーションとなって行きました。

 

1919年、マルセル・トルコフスキーによりダイヤモンドの光学的特性に基づいたブリリアント・カットのプロポーションが発表されました。これが現在の一般的なブリリアント・カットのベースとなっています。

 

ラウンド以外の形のものをファンシー・シェープと呼び、オーバル、ペアシェープ、マーキーズ、ハートシェープ、プリンセス・カットなどのブリリアント・カットが多数あります。

 

研磨職人の腕だけでなく研磨機械の発達により、現在は上記のような形だけでなく多数の研磨面を持ったダイヤモンドが誕生しております。


ダイヤモンドの研磨・加工

ダイヤモンドリング

原石はベルギーを始め、イスラエル、インドが研磨産業の大半が集中しているといわれています。

 

インドはメレと呼ばれる小型のダイヤモンドや、品質に劣るものが多く取り扱われています。


歴史に残る世界のダイヤモンド

【コー・イ・ヌール・ダイヤモンド 】

1304年頃インドで発見された後、ラジャ王一族が所有していました。200年後侵攻してきたムガル帝国の皇帝の所有となり、タージ・マハルを建立したシャー・ジャハーン帝を経た後、人手を転々としたといわれます。

1739年、ペルシャ王シャー・ナディールがインドに侵略した際、このダイヤはペルシア王の手に入り、王はそのきらめきを見て「コー・イ・ヌール(光の山という意味) !」と叫んだといわれます。その後、ペルシアを追い出した英雄、ラジット・シンがついにコ・イ・ヌールをインドへと取り返します。

1850年、東インド会社を経てビクトリア女王に献上されました。1851年にロンドンの第1回万国博覧会で出展されましたが、輝きの少なさに人々が失望したため、女王はアムステルダムの研磨師を招いて再研磨させました。再研磨前の186ctから108.93ctに仕上げられ、戴冠式などで重要な英国王室の宝石としての地位を占めています。

現在は、イギリスのタワー・オブ・ロンドンに保管されています。

【シャー・ダイヤモンド 】

88.70ctの角棒状のダイヤモンドです。インドのゴルコンダで発見されたといわれます。一部が研磨され3カ所に彫刻文字が刻まれています。

1655年、フランスの宝石商で旅行家のタベルニエは、インドのデリーで、このダイヤモンドがアウラングゼーブ帝の王座に飾られていたのを見ています。その後ペルシャの侵攻によりペルシャ王のものとなりました。

1829年、ペルシア人によるロシア大使殺害事件の陳謝のために、ペルシア政府はロシア皇帝ニコライ1世に贈りました。第一次世界大戦時には安全のためにモスクワに送られました。

1922年、ロシア革命後、厳重な箱に収められたこのダイヤモンドが見つけられました。

現在は、ロシアの財宝の一つとしてクレムリン・ミュージアムに展示されています。


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